加須良村(読み)かずらむら

日本歴史地名大系 「加須良村」の解説

加須良村
かずらむら

[現在地名]白川村加須良

しよう川の支流加須良川上流にあり、東方加須良川下流は椿原つばきはら村、西方峠越えで越中国かつら(現富山県東礪波郡上平村)。もとは加豆良と記し、白川郷内でも僻遠の地で住民は葛カズラ・藤カズラなどで布を織って生計を立てたことに由来するという(斐太後風土記)。元禄飛騨国検地反歩帳に村名がみえ、高一石余、田六反余・畑一町余。「飛騨国中案内」によれば免は二割三分三厘、家数六、道場(五郎右衛門道善)一・百姓二・門屋三。寛政元年(一七八九)の田一石余・畑三石余、反別田八反余・畑二町五反余、焼畑高一石・一町余、猟師鉄砲一(村明細帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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