加鹿野村(読み)かしかのむら

日本歴史地名大系 「加鹿野村」の解説

加鹿野村
かしかのむら

[現在地名]香住町加鹿野

守柄すから村の東、蛇行する矢田やだ川の左岸に位置し、同川対岸北方はもり村。弘治三年(一五五七)の「但馬国にしかた日記」には「かちかのゝ村」とあり、地内には「屋ふ五郎左衛門殿」や「せんあミ」などが住していた。近世の郷村帳類では油良ゆら村と同様に本村と出作地の二筆で高付される場合が多く、領主変遷も本村は油良村本村と、出作地は同村出作地と同じであった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 ゆら 矢田 モリ

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む