北休賀町・南休賀町(読み)きたきゆうかまち・みなみきゆうかまち

日本歴史地名大系 「北休賀町・南休賀町」の解説

北休賀町・南休賀町
きたきゆうかまち・みなみきゆうかまち

[現在地名]和歌山市北休賀町・南休賀町

南雑賀(みなみさいか)町の南に続き、もとは御材木(ございもく)町といった(紀伊名所図会)。慶長(一五九六―一六一五)頃浅野家の臣平塚為広の弟為景が当地に隠遁し、久賀居士と称したので町名となったという(続風土記)。久賀は大垣内(おおがいと)の光恩(こうおん)寺の信誉に帰依し、信誉に与えられた木製の鉦で火除けの念仏を怠らなかったので、当町付近は火災に遭わなかったといい、毎年三月二九日には町民で鎮火の念仏を修した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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