北入曾村(読み)きたいりそむら

日本歴史地名大系 「北入曾村」の解説

北入曾村
きたいりそむら

[現在地名]狭山市北入曾

入間川いるまがわ村の南東にあり、南は南入曾村、東は堀金ほりかね村。南境を不老としとらず川が北東へ流れる。中央を江戸秩父道がほぼ南北に、入間川村との境を新河岸道が東西に通る。天正一四年(一五八六)巳正月三日の出陣衆覚写(風土記稿)に上野かむろ川の陣に出立した「武州入曾村拾弐衆」がみえる。ただし「風土記稿」では巳年は戌年の誤りとし、またこの文書は別名「奥州様御扶持人覚」と称するともある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む