北加納村(読み)きたかのうむら

日本歴史地名大系 「北加納村」の解説

北加納村
きたかのうむら

[現在地名]河南町加納かのう

平石ひらいし村の西にあり、台地上に位置する。もと南加納村と一村であった。応永一八年(一四一一)六月日付畠山満家証判添観心寺重書案(観心寺文書)に収める建久三年(一一九二)八月二七日付河内国庁宣案に「可早免除観心寺加納東坂 勅院事并国役事」とみえる。建武元年(一三三四)二月日付吉水院真遍坊領紛失状(吉水神社文書)に「河内国 加納庄」がみえ、大和金峯山吉水きんぶせんきつすい院領庄園であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む