北加納村(読み)きたかのうむら

日本歴史地名大系 「北加納村」の解説

北加納村
きたかのうむら

[現在地名]河南町加納かのう

平石ひらいし村の西にあり、台地上に位置する。もと南加納村と一村であった。応永一八年(一四一一)六月日付畠山満家証判添観心寺重書案(観心寺文書)に収める建久三年(一一九二)八月二七日付河内国庁宣案に「可早免除観心寺加納東坂 勅院事并国役事」とみえる。建武元年(一三三四)二月日付吉水院真遍坊領紛失状(吉水神社文書)に「河内国 加納庄」がみえ、大和金峯山吉水きんぶせんきつすい院領庄園であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む