北大熊村(読み)きたおおくまむら

日本歴史地名大系 「北大熊村」の解説

北大熊村
きたおおくまむら

[現在地名]中野市大字三ッ和みつわ

南は大熊、北は篠井しのい村、西方延徳平えんとくだいら耕地で北東南は山に抱かれた集落である。

寛正七年(一四六六)より文明一一年(一四七九)にかけては高梨領で、大俣氏は安田やすだ郷とともに、水内みのち和田わだ郷の寄子として諏訪社上社花会の頭役を差定されている。この頃和田郷は高梨政高が支配するようになり、大俣氏は高梨氏の一族で北大熊を知行していたのである(諏訪御符礼之古書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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