北小栗栖村(読み)きたおぐるすむら

日本歴史地名大系 「北小栗栖村」の解説

北小栗栖村
きたおぐるすむら

[現在地名]伏見区小栗栖おぐりすいわふち町・うしふち町・北後藤きたごとう町・北谷きただに町・西谷にしだに町・西にしみね鉢伏はちぶせ丸山まるやまもりふち町〉

北は勧修寺かんじゆじ(現山科区)、東は醍醐だいご村、南は南小栗栖村、西は大亀谷おおかめだに村に接し、東部を山科やましな川が流れる。

古代小栗おぐるす(和名抄)に属す。

応永九年(一四〇二)一二月六日付売渡私領田地之事(醍醐山上慈心院旧蔵古文書)に、

<資料は省略されています>

とあり、醍醐の地一処を北小栗栖の兵衛三郎に売渡していることがわかり、既にこの時期、小栗栖の地が南北に分けてよばれていたらしいことも知れる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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