北川乙治郎(読み)キタガワ オトジロウ

20世紀日本人名事典 「北川乙治郎」の解説

北川 乙治郎
キタガワ オトジロウ

明治・大正期の医師 私立好生館病院院長;名古屋市医会会長。



生年
元治1年6月17日(1864年)

没年
大正11(1922)年10月29日

出身地
近江国(滋賀県)

学歴〔年〕
帝国大学中退

経歴
明治20年ドイツに留学、ビュルツブルク大学で外科学を学ぶ。23年帰国。和歌山県立病院長を経て、24年名古屋の私立好生館病院長。名古屋市医会会長を熊谷幸之輔と交互に務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「北川乙治郎」の解説

北川乙治郎 きたがわ-おとじろう

1864-1922 明治-大正時代の医師。
元治(げんじ)元年6月17日生まれ。明治20年ドイツに留学,ビュルツブルク大で外科学をまなぶ。23年帰国。和歌山県立病院長をへて,24年名古屋の私立好生館病院長。名古屋市医会会長を熊谷幸之輔(こうのすけ)と交互につとめた。大正11年10月29日死去。59歳。近江(おうみ)(滋賀県)出身。帝国大学中退。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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