北市屋平吉(読み)きたいちや へいきち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「北市屋平吉」の解説

北市屋平吉 きたいちや-へいきち

1803-1870 江戸時代後期の陶画工。
享和3年生まれ。石田平蔵(へいぞう)の養父九谷(くたに)焼の絵付師。肥前彼杵(そのぎ)郡伊良林(いらばやし)村(長崎市)の亀山窯で修業,郷里加賀(石川県)にかえり,三田(みた)勇次郎に赤絵をまなぶ。小松に窯をひらき,金沢藩主前田家のお抱えとなり,名字帯刀をゆるされて石田姓を称した。明治3年死去。68歳。号は北玉堂。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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