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三田 みた

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

三田
みた

東京都港区中部の地区。地名の由来は,平安時代より朝廷伊勢神宮へ献上する米を栽培した水田を「御田 (みた) 」と呼んだことによる。江戸時代武家屋敷社寺町屋の発達したところで,外国公館,高級住宅,寺院が多い。慶應義塾大学があり,近年はオフィスビルもふえている。

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百科事典マイペディアの解説

三田【みた】

東京都区中部の一地区。江戸時代には諸藩の大名屋敷があった。高級住宅地。慶応義塾大学がある。
→関連項目

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世界大百科事典 第2版の解説

みた【三田】

東京都港区中部の地名。武蔵野台地の末端部に当たり,現在1~5丁目に分かれる。《和名抄》に御田郷の名があり,地名の由来は,屯倉(みやけ),また伊勢神宮あるいは御田八幡領の御田があったことによるという。三田の名の史料的初出は1524年(大永4)の〈北条氏綱安堵状〉である。近世には久留米藩有馬家上屋敷,島原藩松平家下屋敷など大名屋敷が多く,その間をぬって虎の門から品川宿へ通じる往還沿いの町並み化が進み,一部は1662年(寛文2)に代官・町奉行両支配となった。

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大辞林 第三版の解説

さんだ【三田】

兵庫県中東部の市。近世、九鬼氏の城下町。三田米・三田牛・マツタケを特産。

みた【三田】

東京都港区の地名。高台と旧海岸沿いの低地からなる。慶応義塾大学や各国大使館がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

三田
みた

東京都港区中央、山手(やまのて)・京浜東北線田町駅西方の地区。平安時代は現在より広い地域をいい、御田と記し、朝廷もしくは伊勢(いせ)神宮へ貢を献ずる水田であったのが地名の由来という。山手台地のなかで一段低い台地上にあり、古代に奥州路、中世に鎌倉街道が通じていた。福沢諭吉が鉄砲洲(てっぽうず)(中央区)に開いた塾を芝に移し、さらに1871年(明治4)この地に移し慶応義塾大学として発展した。南部の旧街道沿いには寺が多く、北部にはオーストラリア、イタリア大使館や、一角に武家屋敷の長屋が残る綱町三井倶楽部(つなまちみついくらぶ)がある。[沢田 清]

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