北当尾村(読み)きたとうのおむら

日本歴史地名大系 「北当尾村」の解説

北当尾村
きたとうのおむら

[現在地名]加茂町大字北下手(きたしもで)・大字南下手・大字森(もり)・大字高去(たかさり)・大字尻枝(しりえだ)・大字勝風(しようぶ)・大字大畑(おばたけ)・大字東小下(ひがしおした)・大字東小上(ひがしおかみ)・大字北大門(きただいもん)

現加茂町の東南山岳部を村域とする。江戸時代中期までは東小・尻枝・森・高去・南下手・北下手・勝風・北大門・大畠(おおはた)の各村に分けられていた(天保郷帳添書)。東は大和国狭川(さがわ)村(現奈良市)、南は南当尾村、北は兎並(うなみ)・里(さと)など加茂郷の村々に接する。

中世には南隣の南当尾村を併せて塔尾(とうのお)庄(東寺百合文書)・当尾郷などとよばれ、村内東小には平安時代中期に随願(ずいがん)寺(東小田原寺ともいう)という寺が建立され(「浄瑠璃寺流記事」浄瑠璃寺文書)、のちにこの寺は奈良興福寺の大乗(だいじよう)院知行の寺として「大乗院寺社雑事記」にしばしば登場する。同記明応二年(一四九三)一二月一九日条に

<資料は省略されています>

とあり、当時の随願寺を中心とした東小田原(ひがしおだわら)周辺の様子が知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む