北大門村(読み)きただいもんむら

日本歴史地名大系 「北大門村」の解説

北大門村
きただいもんむら

[現在地名]吉川町水上みずかみ

栃谷とつたに村の南に位置し、吉川川上流右岸の丘陵地に立地する。慶長国絵図に村名がみえる。領主変遷は延宝七年(一六七九)幕府領となるまでは市野瀬いちのせ村と同じで、宝暦一二年(一七六二)下総古河藩領となって、幕末に至る(「寛政重修諸家譜」・旧高旧領取調帳)正保郷帳には大門村とみえ、田方一九四石余・畑方一九石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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