北新堀町(読み)きたしんぼりちよう

日本歴史地名大系 「北新堀町」の解説

北新堀町
きたしんぼりちよう

[現在地名]中央区日本橋箱崎町にほんばしはこざきちよう

日本橋川下流、箱崎町一丁目の南東にある片側町。南は霊巌れいがん島新堀(新堀川)に面し、北は下総関宿藩久世氏中屋敷と御船手組屋敷、東は永代橋西広小路えいたいばしにしひろこうじ。寛永江戸図には「町や」とあり、寛文新板江戸絵図に「北新ぼり」と記される。御船手組屋敷は明暦(一六五五―五八)・寛文(一六六一―七三)の御船蔵・御船手番所設置に伴い設けられたとみられ、沿革図書の延宝年中(一六七三―八一)の図にはすでに記載されている。組屋敷設置に伴いこの地にあった町屋は新堀対岸の南新堀二丁目続きに替地を与えられて移転、北新堀大川端きたしんぼりおおかわばた町となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む