北方陣屋跡(読み)きたがたじんやあと

日本歴史地名大系 「北方陣屋跡」の解説

北方陣屋跡
きたがたじんやあと

[現在地名]一宮市北方町北方 本郷

天明元年(一七八一)五月、所付代官制の採用により佐屋さや(現海部郡佐屋町)水野みずの(現瀬戸市)とともに設置され、その管轄地域は葉栗郡の全部、丹羽中島郡の一部、さらに美濃国にまで及び、計七一ヵ村、惣高にして八万七千一九三石余の広範な地域に及んだ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む