北方陣屋跡(読み)きたがたじんやあと

日本歴史地名大系 「北方陣屋跡」の解説

北方陣屋跡
きたがたじんやあと

[現在地名]一宮市北方町北方 本郷

天明元年(一七八一)五月、所付代官制の採用により佐屋さや(現海部郡佐屋町)水野みずの(現瀬戸市)とともに設置され、その管轄地域は葉栗郡の全部、丹羽中島郡の一部、さらに美濃国にまで及び、計七一ヵ村、惣高にして八万七千一九三石余の広範な地域に及んだ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

地表近くで見られる蜃気楼(しんきろう)現象の一種。晩春から夏にかけて、よく晴れた日に熱せられた道路のアスファルト面を遠くから視線を低くして見ると、水たまりがあるように見えることがある。これは地面付近の...

逃げ水の用語解説を読む