日本歴史地名大系 「北木之元町・南木之元町」の解説 北木之元町・南木之元町きたきのもとちよう・みなみきのもとちよう 京都市:東山区粟田口村北木之元町・南木之元町東山区三条南裏通二筋目白川筋西入二丁目北側、同南側西は城安寺(じようあんじ)の辻子(ずし)。宝暦一二年(一七六二)刊「京町鑑」は古川通の「三条より三すじ目ロ木本町」と位置を示している。「坊目誌」に寛文六年(一六六六)の開町とあるが、同一二年の洛中洛外大図には、地割のみみえて町名が示されていない。町名は延宝二年(一六七四)四方洛外町続之町々小名之覚(荻野家文書)に「木之本町」「同木之本町」とみえ、既にこの当時南北二町への分離が兆していたことを物語る。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報