北汀町・南汀町・西汀町(読み)きたみぎわちよう・みなみみぎわちよう・にしみぎわちよう

日本歴史地名大系 「北汀町・南汀町・西汀町」の解説

北汀町・南汀町・西汀町
きたみぎわちよう・みなみみぎわちよう・にしみぎわちよう

[現在地名]和歌山市北汀丁・南汀丁・西汀丁

和歌山城西北方の武家町で、北と東は西の丸川を隔てて郭内の三の丸・西の丸に対する。本来町名はなく、明治五年(一八七二)に新たに命名された。西の丸川に三方を囲まれた地に御米蔵があり(元禄一三年和歌山城下町絵図、寛政城下町絵図)、その南東より郭内に橋が架かる。町の西側には南の雑賀屋さいかや町に続く南北通があり(現西汀丁)武家屋敷が並ぶ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 西方 寺院

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む