三方(読み)サンボウ

デジタル大辞泉 「三方」の意味・読み・例文・類語

さん‐ぼう〔‐バウ〕【三方】

《「さんぽう」とも》
三つの方向。三つの方面。
前と左右の三方に刳形くりかたの穴をあけた台を方形の折敷おしきにつけたもの。ヒノキの白木製を普通とし、神仏や貴人に物を供したり、儀式のときに物をのせたりするのに用いる。三宝。→衝重ついがさ

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精選版 日本国語大辞典 「三方」の意味・読み・例文・類語

さん‐ぼう‥バウ【三方】

  1. 〘 名詞 〙
  2. ( 現在は「さんぽう」とも ) 三つの方向。三つの方面。
    1. [初出の実例]「能遠(よしとを)が城におしよせて見れば、三方は沼、一方は堀なり」(出典:平家物語(13C前)一一)
  3. 角形の折敷(おしき)に、前と左右との三方に「刳形(くりかた)」もしくは「眼象」と呼ばれる透かし穴のあいた台のついたもの。多く檜の白木で作られ、古くは食事をする台に用いたが、後には神仏や貴人へ物を供したり、儀式の時に物をのせるのに用いる。衝重(ついがさね)の一種。三宝。
    1. 三方<b>②</b>〈守貞漫稿〉
      三方守貞漫稿
    2. [初出の実例]「盤。〈四方三方事〉。大臣以上は四方。大納言以下は三方也」(出典:三内口決(1579頃))
    3. 「三方につみしをいかに西ざかな」(出典:俳諧・犬子集(1633)一)
  4. 和算で、正三角形のこと。
    1. [初出の実例]「置歩数、用三方之方鈎相因之歩法、五帰而得歩数、於是用〈鈎方〉之尺数帰除、則得尺数、是〈方鈎〉也」(出典:竪亥録(1639)六)
  5. 近世、大坂の蔵屋敷米を出米する際の仲立人で新地四組・古三組・上組の総称。〔稲の穂(1842‐幕末頃)〕

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「三方」の意味・わかりやすい解説

三方(旧町名)
みかた

福井県南部、三方郡にあった旧町名(三方町(ちょう))。現在は三方上中(みかたかみなか)郡若狭(わかさ)町北東部を占める地域。日本海に臨み、小浜(おばま)市に接する。旧三方町は1953年(昭和28)八(や)村と西田村が合併して成立。1954年十(と)村を編入。2005年(平成17)遠敷(おにゅう)郡上中(かみなか)町と合併して三方上中郡若狭町となった。矢筈(やはず)山塊下の三方断層沿いにJR小浜線、丹後(たんご)街道(国道27号)が走り、やや大きな集落が並ぶ。国道162号が通じる。中心の三方は商業集落で近くに石観音がある。三方五湖のうち三方、水月(すいげつ)、菅(すが)の3湖と展望台のある梅丈(ばいじょう)岳があり、観光道路三方五湖レインボーラインも通り若狭湾国定公園の中心をなして観光客も多い。湖岸では西岸の旧西田村を中心にウメを特産し、「福井梅」として京阪神へ出荷する。三方湖に注ぐ「はす川」河口に近い鳥浜(とりはま)はウナギが名産で、また大遺跡鳥浜貝塚がある。海沿いは典型的なリアス海岸で、食見海岸に福井県海浜自然センターがある。常神(つねかみ)半島は平地がなく、常神、神子(みこ)など定置網漁村が点在する。常神のソテツは国指定天然記念物。

[島田正彦]

『『西田村誌』(1955・三方町)』『『三方町史』(1990・三方町)』



三方(膳の一種)
さんぼう

衝重(ついがさね)といわれる膳(ぜん)の一種で、ヒノキの白木でつくった折敷(おしき)を、三面に眼象(げんじょう)(刳形(くりがた))のある台の上に取り付けたもの。もとは食事用の台にしたが、現在は神祭に神饌(しんせん)などをのせる台や容器としたり、各種儀式に物をのせる台となっている。各家庭では、神棚への供物、正月の床飾(とこかざ)り(鏡餅(かがみもち)、蓬莱(ほうらい)など)、屠蘇(とそ)の祝いの台・容器として使っている。白木が原形だが、黒または朱塗りのもの、蒔絵(まきえ)を施したものがある。使用には、折敷の側板の綴目(とじめ)がなく、台に刳形がないほう(台の側板の綴目があるほう)を表とし、この面を神前、貴人に向けて置く。衝重には三方と、台の四面に刳形のある四方、刳形がない供饗(くぎょう)とがあった。『三光院内府記』(安土(あづち)桃山時代)には、大臣以上が四方、大納言(だいなごん)以下は三方、六位蔵人(くろうど)は細縁の三方を用いるとあるが、この時代には武家や庶民の間でも三方は使われていた。なお、伊勢(いせ)神宮の神楽(かぐら)殿では丸三方といい、浅い盆形の曲物(まげもの)に円筒形の曲物の台をつけたものが用いられている。ただしこれには刳形がない。

[小川直之]

『岩井宏實・日和祐樹著『神饌』(1981・同朋舎出版)』

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改訂新版 世界大百科事典 「三方」の意味・わかりやすい解説

三方 (さんぼう)

神仏への供物台,あるいは宴席などでの食膳として用いられる衝重(ついがさね)の一形式。衝重は方形角切(すみきり)の筒形台脚を備えた折敷(おしき)の総称で,《貞丈雑記》によれば,上部の折敷形に台部を衝き重ねるところから衝重の名があるという。その台部の3方に眼象(げんしよう)(格狭間(こうざま))と称する繰形を透かしたものがすなわち三方であり,4方に透かしたものが四方(しほう)である。また眼象のないものは供饗(くぎよう)という。このうち現在もっとも一般的なのは三方で,主として神事の際の神饌具に供せられてきた。一般の家庭でこれに酒器や正月の鏡餅をのせ,神棚や床の間に供えるのも,この伝統に基づいている。しかし古くは食膳とされるのがふつうで,室町時代の《酒飯論絵詞》にも,これを用いた宴席の場面が描かれている()。台上の盤を膳としての折敷形にかたどるのもそのためであろう。応仁元年(1467)の年紀をとどめる春日大社の散米用衝重は,銘文中に〈散米折敷〉と記しており,この種のものを当時はなお折敷と呼んでいたことがわかる。また《三内口訣》には〈盤。四方三方事。大臣以上は四方。大納言以下は三方也。(中略)細縁之三方は六位蔵人に用之候〉とあり,食膳として用いられる四方,三方が,身分によって使い分けられていたことを示唆している。

 材はヒノキの素木とするのが通例であるが,ときには黒漆あるいは朱漆塗のものもあり,蒔絵をほどこした豪華な事例もある。近世以降の三方は,台部に透かした繰形を宝珠形にかたどるようになるのが特色であるが,仏像の台座などの側板にみられるいわゆる格狭間が本来の姿であり,その類型化されたものといえよう。三方の場合は台に繰形を透かさない面が正位置であり,折敷の縁の綴目(とじめ)をこれにあわせ,神前や客人に向ける。
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三方 (みかた)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「三方」の意味・わかりやすい解説

三方
みかた

福井県南西部,若狭町北部の旧町域。若狭地方の中央に位置し,若狭湾に面する。1953年八村,西田村が合体し三方町が成立。1954年十村を編入。2005年上中町と合体し若狭町となる。地名は古代以来の郷名による。東部に野坂山地の西をかぎる三方断層があり,その西に平地と三方五湖(国指定名勝)がある。中心地区の三方は断層崖下に発達。三方湖に注ぐはす川の最下流で鳥浜貝塚が発掘された。海岸は岬と小湾が連なり漁村が散在し,定置網漁が行なわれる。湖畔一帯はウメを特産し,福井梅として全国に出荷される。常神半島先端近くの常神のソテツは国の天然記念物。常神岬をはじめ海岸部は景勝地が多く三方海域公園地区に指定され,三方五湖とともに若狭湾国定公園に属する。

三方
さんぼう

食品や盃などを載せる儀式的な台。原名は衝重 (ついがさね) 。『貞丈雑記』に,「ついがさねとは三方,四方,供饗の総名なり。上の台と下の足とをつき重ねたる物なる故に,ついがさねといふなり」とある。この衝重のうち,台の三方に眼象 (げんじょう。穴) をくりあけたものを「三方」,四方にあけたものを「四方」といい,白木製,漆塗りがある。現在では正月の鏡餅の台,また神事,慶事の際などに使われる。

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百科事典マイペディア 「三方」の意味・わかりやすい解説

三方[町]【みかた】

福井県南西部,若狭湾に臨む三方郡の旧町。丹後街道(国道27号線)に沿う三方が中心で,小浜(おばま)線が通じる。ウメの実を特産し,漁業も盛ん。三方五湖や常神(つねかみ)半島を中心とする海岸部は若狭湾国定公園に属する。2005年3月遠敷郡上中町と合併し町制,若狭町となる。96.57km2。9144人(2003)。
→関連項目気山津

三方【さんぼう】

供物用の台。方形の折敷(おしき)に,3方に穴(刳形(くりかた))のある台を取り付けたもので,穴のないほうが表。ヒノキの白木製が正式。神仏に物を供えたり,儀式の時に物を載せるのに使用。古くは貴人の食膳(しょくぜん)とした。

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食器・調理器具がわかる辞典 「三方」の解説

さんぼう【三方】

衝重(ついがさ)ねの一種。檜(ひのき)製の白木の折敷(おしき)の下に台を取り付け、その台の三面に刳形(くりかた)(穴)をあけたもの。神仏に捧げる供物や食器をのせるのに用いる。◇台の四面に刳形をあけたものを「四方(しほう)」、刳形のないものを「供饗(くぎょう)」という。

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事典 日本の地域ブランド・名産品 「三方」の解説

三方[祭礼・和楽器]
さんぼう

近畿地方、奈良県の地域ブランド。
吉野郡下市町・吉野郡大淀町で製作されている。ねばり・光沢・香りをもつ吉野檜の薄板に折り目を刻み、四隅を曲げてつくられる。奈良県伝統的工芸品。

出典 日外アソシエーツ「事典 日本の地域ブランド・名産品」事典 日本の地域ブランド・名産品について 情報

葬儀辞典 「三方」の解説

三方

神仏に物を供えるとき用いる台。ひのきの白木で作られ、前・左・右の三方に刳形(くりかた)の穴を開けた台をつけたもの。

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世界大百科事典(旧版)内の三方の言及

【秋田藩】より

…1701年(元禄14)会所と呼び,25年(享保10)には政務所と改称。また政治組織面では1676年(延宝4)三方(さんかた)が整備された。すなわち,政務の取次ぎなどを行う御側方(おそばかた),財政や民政を担当する表方,警備や軍事の番方であった。…

【膳】より

… 膳は,現在一般に会席膳と呼ばれる方1尺2寸(約36cm)の折敷を除いては,ほとんどが足をつけるか,台に載せた形態のものである。板を折り回した足を折敷の下につけたものを衝重(ついがさね)といい,足の前面と左右両側の3面に繰形(くりかた)をつけたものを三方(さんぼう),4面につけたものを四方と呼んだ。これに対して,大きく格狭間(こうざま)を透かせた台に折敷を載せたものを懸盤(かけばん)といい,藤原氏の氏長者(うじのちようじや)がその地位の標識として朱器とともに伝領した台盤も,この形式のものであった。…

【気山津】より

…平安~鎌倉期に繁栄した若狭湾岸の港津。現,福井県三方(みかた)郡三方町気山。1065年(治暦1)9月,越中国の調物運漕に際し,路次の国々の津泊などで〈勝載料〉を割き取ることを禁じた太政官符(写)に,近江の塩津・大浦・木津,越前の敦賀津とともにこの津が見え,当時北陸方面から近江を経て京都に至るための一要津であったことが知られる(壬生家文書)。…

【倉見荘】より

…若狭国(福井県)三方(みかた)郡の荘園。現,三方町南部,鰣(はす)川上流域の倉見から横渡・井崎・黒田・田上にかけての地域と,御賀尾浦(現,三方町神子(みこ))など浦若干を含む。…

※「三方」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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