北河口郷・南河口郷(読み)きたかわぐちごう・みなみかわぐちごう

日本歴史地名大系 「北河口郷・南河口郷」の解説

北河口郷・南河口郷
きたかわぐちごう・みなみかわぐちごう

中世の船木田ふなきた庄内の郷村。京都東福寺領。貞治二年(一三六三)一二月一九日の船木田庄領家方年貢算用状(東福寺文書)によれば、北河口郷は延文六年(一三六一)分・貞治元年分・同二年分の年貢として、それぞれ二貫文を東福寺に納入している。また南河口郷も同じくこの三ヵ年分の年貢をそれぞれ二貫文東福寺に納入している。「風土記稿」の川口村鳥栖とりのす観音堂の項によれば、元応二年(一三二〇)一一月二〇日の古鐘銘に「船木岡新庄北河口郷鳥栖寺」とあったという。船木岡は船木田の誤読で、北河口郷が船木田新庄であることがわかる。また同銘文の大檀那地頭「□□信阿」はこの地の地頭川口氏である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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