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北畠顕泰 きたばたけ あきやす

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

北畠顕泰 きたばたけ-あきやす

?-? 南北朝-室町時代の武将。
北畠顕能(あきよし)の次男。父から伊勢(いせ)国司をつぎ,南朝方武将として伊勢(三重県)多気(たげ)城を拠点にたたかい,南北朝合一後は幕府と講和。応永6年(1399)幕府にそむいた大内義弘(よしひろ)を和泉(いずみ)(大阪府)堺に攻め,功により伊賀(いが)(三重県)半国と近江(おうみ)(滋賀県)甲賀郡をあたえられた。名は「あきひろ」ともよむ。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の北畠顕泰の言及

【北畠氏】より

…鎌倉・室町時代の公家。三国司家の一つ。村上源氏。源通親の孫中院雅家が北畠氏を称し,その曾孫親房のとき,後醍醐天皇の信任をうけ,南朝の重鎮として活躍。さらにその三男顕能は1338年(延元3∥暦応1)閏7月初めて伊勢国司に就任し,以後戦国最末年に至るまでその拠城となった一志郡多気城に拠った。2代顕信は顕能の兄にあたる。彼は伊勢国司に関する基本文献,斎藤拙堂の《伊勢国司記略》には触れられていないが,残存史料から見てその在職は確実である。…

※「北畠顕泰」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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