北福寺跡(読み)ほくふくじあと

日本歴史地名大系 「北福寺跡」の解説

北福寺跡
ほくふくじあと

[現在地名]菊池市袈裟尾 西村上

西村上にしむらうえにある。「一統志」に「袈裟尾山北福禅寺者安薬師像鎮守伊勢住吉春日八幡阿蘇聖母山王也有大日地蔵像」とみえる。「国誌」はもと天台宗、弘仁年間(八一〇―八二四)伝教大師開基と伝える。初めは永福えいふく寺と称し、上宮・中堂山下には万福院をはじめ一二坊を配していたという。一時廃寺となり、菊池武房によって再興。武光の菊池五山建立のとき北福寺と改称され、五山の一に列したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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