北船路村(読み)きたふなじむら

日本歴史地名大系 「北船路村」の解説

北船路村
きたふなじむら

[現在地名]志賀町八屋戸(はちやど)

南船路村の北にあり、北は守山(もりやま)村。もと船路村のうち。寛永石高帳に高二四五石余、ほかに一石余、銀一八匁余とあり幕府領。慶安高辻帳では田方一九二石余・畑方四二石余・永荒一五石余、ほかに小物成米三石余、銀一八匁余。元禄郷帳では高二五〇石余、旗本小坂領。延宝四年(一六七六)和邇(わに)三浜・南船路村との間で「かい坂山」をめぐって争論があり、当村が勝訴している(北船路共有文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む