北越知村(読み)きたおちむら

日本歴史地名大系 「北越知村」の解説

北越知村
きたおちむら

[現在地名]橿原市北越智きたおち

貝吹かいぶき山から西方に延びる丘陵の北側に立地。西は常問じようど村。寿永元年(一一八二)の東大寺御油荘田堵注文(東大寺文書)に「南ヲチニ四人 北ヲチニ六人」とみえる。

慶長郷帳には「北落村」、天保郷帳には「北越智村」と書く。文禄四年(一五九五)検地の村高二三五・六八七石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む