北長門町(読み)きたながとまち

日本歴史地名大系 「北長門町」の解説

北長門町
きたながとまち

[現在地名]金沢市片町かたまち二丁目

横伝馬よこてんま町から裏古寺うらふるでら町に抜ける通りおよびこの通りから大野庄おおのしよう用水を渡って木倉きぐら町へ抜ける小路を挟む両側町。北西は横伝馬町、北東は木倉町、南東は裏古寺町、南西は南長門町。文政六年(一八二三)南長門町が町立てするまでは単に長門町とのみ称した(「又新斎日録」加賀藩史料)町名は江戸時代初期に山崎長門の上屋敷があったことにちなむ。山崎長門(実名長徳)は初め越前の朝倉義景に仕え、のち前田利長に本知一千石、与力知三千石で召抱えられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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