北黒川村(読み)きたくろかわむら

日本歴史地名大系 「北黒川村」の解説

北黒川村
きたくろかわむら

[現在地名]山北町北黒川

南を黒河俣くろかわまた(現勝木川)北西へ流れ、北西で大毎おおごと川が合流する。対岸なか村。出羽街道南北に通る。永禄一二年(一五六九)と推定される正月一七日付の大川長秀書状(上杉家文書)によれば、本庄繁長方の藤懸ふじかかり城攻撃からいったん退却した大川長秀は「黒川俣」など三ヵ所に要害を普請し、再び同城へ陣を進めると記している。文禄(一五九二―九六)頃の瀬波郡絵図に「大川分黒河之内北黒河村 中」とみえ、本納三一石七斗一升・縄高一三七石二斗三升二合二勺、家一一軒とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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