十輪院跡(読み)じゆうりんいんあと

日本歴史地名大系 「十輪院跡」の解説

十輪院跡
じゆうりんいんあと

[現在地名]高野町高野山

「続風土記」は不動堂の北西にあったと記すが、現存しない。一心院いつしんいん谷では不動堂が女人によにん堂の南と金輪きんりん塔の東の二ヵ所にあるので、その位置は不明。もとみなみ谷にあり、元禄年中(一六八八―一七〇四)蓮華れんげ谷の支谷宝幢院ほうどういん谷に移り、のち一心院谷に移ったという(続風土記)。文明五年(一四七三)の諸院家帳の南谷道南に「十輪院 厳日房アサリ頼全」とみえる。「諸院家析負輯」に載る過去帳は開基を真弁とし、「紀州名手人也、字琳光房、正元元年補検校、弘長元年八月入滅、年齢不知」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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