千住村(読み)せんじゆうむら

日本歴史地名大系 「千住村」の解説

千住村
せんじゆうむら

[現在地名]佐賀市兵庫町(ひようごまち)大字瓦町(かわらまち)字千住

東は神埼郡、西は牟田寄(むたより)村、北は瓦町村、南は東西(とうさい)村である。もともと経島(きようとう)寺を中心とした堀に囲まれた水田地帯の集落であり、佐賀本藩の直轄領であったのが親類四家の一つ村田鍋島家(鍋島内記家)の創設とともにその知行地となった。正保絵図に村名がみえる。

村田鍋島家は知行高で六千石、物成高二千四〇〇石の大身で大配分とよばれる一応の独立性の強い家で、養父(やぶ)郡の村田(むらた)村(現鳥栖(とす)市)に知行地があり、村田鍋島家とよばれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む