午南新田(読み)うまみなみしんでん

日本歴史地名大系 「午南新田」の解説

午南新田
うまみなみしんでん

[現在地名]羽島市桑原町午南くわばらちよううまみなみ

八神やがみ村の南に位置する桑原輪中内の村。ウマナミ、マイナミなどともなまる。大須おおす村添の幕府領小物成場新田であったが、午北新田とともに寛延三年(一七五〇)検地高入され、尾張徳川家臣の毛利源内に預けられた(→午北新田。名称は寛延三年が午年であったことから付けられたようである。嘉永元年(一八四八)の御取箇郷帳(毛利文書)によると高九九七石余、うち二八四石余は堀坪引、七一石余は池成引、一七〇石余は当毛水損皆無引で、残高四七一石余、この取米九一石余、ほかに六尺給米・伝馬宿入用米・蔵前入用を合せて九三石余・永二貫四九四文余を納めている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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