大須(読み)おおす

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大須
おおす

愛知県名古屋市中区にある地区。地名は慶長 17 (1612) 年徳川家康が美濃の大須から移転させた真福寺大須観音と呼ばれたことに由来する。その門前町として発展。寺は 1892年の大火,1945年の戦災で焼失したが,70年に鉄筋コンクリート造で再建された。国宝,重要文化財を多く蔵する。商店街は仁王門通り,万松寺通り,赤門通り,門前町通り,裏門前町通り,新天地通りが中心で,飲食・衣料・家具店などが並び,名古屋で最初にアーケードがつくられた。

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百科事典マイペディアの解説

大須【おおす】

愛知県名古屋市区の盛り場。江戸時代以後真福寺(大須観音)の門前町として繁栄。明治以降付近に浪越公園や遊廓(ゆうかく)が設けられ映画館が立ち並んで,名古屋の浅草と呼ばれた。遊廓は1924年中村へ移転したが,商店街の発展とともに歓楽街となった。
→関連項目名古屋[市]

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日本の地名がわかる事典の解説

〔愛知県〕大須(おおす)


名古屋市中(なか)区の繁華街。劇場・飲食店などが集まり、歓楽色が強い。江戸時代から大須観音(真言宗(しんごんしゅう)北野山真福(しんぷく)寺宝生院(ほうしょういん))の門前町として発展。明治期には遊郭がおかれ、映画館などでにぎわった。昭和初期の遊郭移転後も商店などが進出し、大きな歓楽街に発展した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大須
おおす

名古屋市中区中央部の繁華街。大須観音(寶生院(ほうしょういん)、真福寺(しんぷくじ)ともいう)の門前町。真福寺が1612年(慶長17)美濃(みの)国中島郡大須庄(しょう)(岐阜県羽島市)から徳川家康によって洪水のおそれのない現在地に移されたため、旧地名をとって大須とよばれた。江戸時代には浅草観音と並び称された観音信仰の中心で、門前町はにぎわいを呈した。寺域内の経蔵には現在1万5000巻を収蔵する大須文庫があり、とくに『真福寺古事記写本』は現存する最古の写本で国宝。大須観音のほか、古刹(こさつ)万松寺やパソコンショップなどが集まる電気街がある。地下鉄鶴舞線、同名城線、国道19号、名古屋高速道路2号東山線が通じる。[伊藤郷平]

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