卒島村(読み)そしまむら

日本歴史地名大系 「卒島村」の解説

卒島村
そしまむら

[現在地名]小山市卒島

松沼(まつぬま)村・立木(たつぎ)村の西にあり、南は今里(いまざと)村。天正五年(一五七七)一〇月一九日の北条氏照印判状(大橋稔氏所蔵文書)に「卒嶋郷之内千疋之所」がみえ、北条氏照から大橋播磨守に宛行われた。同一〇年四月二九日には卒島での忠節を賞し、鮒田某に官途が与えられている(「某官途挙状写」栃木県庁採集文書)。元和五年(一六一九)下総古河藩領、元禄七年(一六九四)幕府領、同一〇年宇都宮藩領、正徳元年(一七一一)再び幕府領となる。同三年幕府領と常陸下妻藩領の二給、享保三年(一七一八)には幕府領が下総関宿藩領となる。同五年久世広籌が父の遺領五千石を分知されて旗本久世となったため同氏と下妻藩・関宿藩の三給となる(明和二年「領主代々書上覚」稲葉友好文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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