南一已屯田兵村(読み)みなみいちやんとんでんへいそん

日本歴史地名大系 「南一已屯田兵村」の解説

南一已屯田兵村
みなみいちやんとんでんへいそん

明治二八―二九年(一八九五―九六)、屯田歩兵第一大隊第四中隊二〇〇名とその家族が入植した兵村。字一已三番通で北一已屯田兵村と接する。西は深川村市街地、東は納内おさむない屯田兵村、中央を増毛ましけ道路(現主要道道深川―旭川線)東西に通り、明治三一年に上川線が並行して開通した。「北海道屯田兵制度」によると給与土地三一三万八千六二一坪・公有財産地三〇〇万四千八九二坪・官有地五万六千七五〇坪。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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