南中南庄(読み)みなみなかみなみのしよう

日本歴史地名大系 「南中南庄」の解説

南中南庄
みなみなかみなみのしよう

興福寺雑役免田。延久二年(一〇七〇)の興福寺雑役免帳の城上しきのかみ郡に「南中南庄十町二反大 不輸田畠一町 公田畠九町二反大」とある。不輸免田畠は内匠寮田であり、その条里(括弧内は坪数)は一五条一里(一)である。公田畠は一五条一里(一)、一六条一里(四)、一七条一里(一二)、一八条二里(一)である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む