檜垣村(読み)ひがいむら

日本歴史地名大系 「檜垣村」の解説

檜垣村
ひがいむら

[現在地名]天理市檜垣町

式下郡東端に所在。西は遠田とおだ村。慶長郷帳には「ひかい村」とあり村高八七一・八一石。初め御番衆領、元和元年(一六一五)郡山藩(水野勝成)領、のち同藩の二割半無地高増政策で村高一〇九三・一八八石となる。延宝七年(一六七九)以降幕府領編入。寛延二年(一七四九)に十市郡一五ヵ村、式下郡一二ヵ村が、幕府領預りの芝村藩の重税に対し、箱訴したなかに「南檜垣村」と「同断北方」がみえ、旧高旧領取調帳では南檜垣村六八三・九三一石、北檜垣村四〇九・二五七石に村高を分けている。

明暦二年(一六五六)には遠田村が構築した新池をめぐり、元禄八年(一六九五)には柳本やなぎもと村と西門さいもん川の水利をめぐり、享保六年(一七二一)には蔵堂くらんどう村・為川ためがわ(現磯城郡田原本町)との間に水論が起きているように水不足の村方であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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