南之町(読み)みなみのちよう

日本歴史地名大系 「南之町」の解説

南之町
みなみのちよう

[現在地名]貝塚みなみ町・西にし

貝塚寺内の町区画の一。寺内南西隅を占め、北は西之町。嘉永三年(一八五〇)の御執次方日録(卜半家文書)によると人数一千二〇七人、貝塚御坊粥施行を申請した難渋民は二六軒・一一四人。明治二年(一八六九)の家数二一五軒・人数一千七〇人(「明治二年日記」同文書)。町内小字に本町ほんまち旅籠町はたごまち吉原よしはら寺町てらまち黒土町くろつちちようがある(慶応四年「卜半従来仕来之覚」同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む