南四条東(読み)みなみよじようひがし

日本歴史地名大系 「南四条東」の解説

南四条東
みなみよじようひがし

大正一五年(一九二六)一月、大字北見町が廃されて設置された。一―六丁目からなる。南三条東みなみさんじようひがしの南にあり、西は現国道三九号(中央通)を隔て南四条西。明治一四年(一八八一)市街が区画されて北見町が成立した際の中心でなか通が通っていた。現在も市内最大の商店街になっている。昭和一三年(一九三八)に大字網走村の一部を編入、一―七丁目に編成された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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