南源性派(読み)なんげん しょうは

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「南源性派」の解説

南源性派 なんげん-しょうは

1631-1692 明(みん)(中国)の僧。
崇禎(すうてい)4年8月23日生まれ。黄檗(おうばく)宗。承応(じょうおう)3年隠元隆琦(いんげん-りゅうき)とともに来日,長崎興福寺にはいる。宇治万福寺の開創につくし,寛文8年華厳院をひらく。延宝8年摂津(せっつ)国分寺住持。元禄5年6月25日死去。62歳。福州出身。俗姓は林。号は松雪。法名は別に良衍,非泉。著作に「南源和尚語録」「芝林集」など。

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367日誕生日大事典 「南源性派」の解説

南源性派 (なんげんしょうは)

生年月日:1631年8月23日
江戸時代前期の黄檗宗の僧
1692年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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