南道村(読み)みなみどうむら

日本歴史地名大系 「南道村」の解説

南道村
みなみどうむら

[現在地名]南部町南道

気佐藤けさとう村の東に連なり、熊野街道を挟んで人家が並ぶ。北は北道きたどう村。「続風土記」に「南道とは北道に相対する名にて、熊野街道なるを以ていふなり」と記す。中世には高野山領南部庄の一部であったと思われる。慶長検地高目録では村高一六六石余、小物成五石六斗八升一合。宝暦一〇年(一七六〇)の南部組大指出帳(「日高近世史料」所収)によれば、田畑一三町四反余で高一六六石余、家数五一で内訳庄屋・肝煎各一、御役家六、無役家四三、人数三一三、馬三、牛六、船八、池三、御高札二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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