南野新田村(読み)みなみのしんでんむら

日本歴史地名大系 「南野新田村」の解説

南野新田村
みなみのしんでんむら

[現在地名]余目町南野新田

中野(なかの)村の東、古関(ふるせき)―西袋(にしぶくろ)間の道沿いにあり、東を松山(まつやま)(現飽海郡松山町)への道が北に向かう。当村は北隣の南野村の一部であったが、正保三年(一六四六)に分離したと伝える(「渋谷家南野開発日記」伊藤文書)。しかし大正一一年(一九二二)に三百年祭を挙行しているので、開村は元和九年(一六二三)とも推定される。北楯大(きただておお)堰の幹川狩川新田(かりかわしんでん)堰の支流八(はつ)ヶ村(そん)堰(北堰)に南野・主殿(とのも)新田・南野新田の三ヵ村堰を設けて開発された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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