博多町(読み)はかたちよう

日本歴史地名大系 「博多町」の解説

博多町
はかたちよう

東山区大和大路通四条下ル三丁目

建仁寺町けんにんじまち通に位置。東は建仁寺境内、西は新道しんみち通、北は団栗辻子どんぐりのずし。宝暦一二年(一七六二)刊「京町鑑」に「どんぐりのづし下ル 博多町(中略)東側に建仁寺の中の門有。西側に新道へ行細道有」とおおよその位置を示す。当初、建仁寺町と総称されたことは近隣の諸町と異ならず、元禄期(一六八八―一七〇四)前後には建仁寺町三町目ともよばれた。また建仁寺中門付近なので、中の門前町の名のあったことが、宝永六年(一七〇九)京大絵図、享保八年(一七二三)京大絵図などからうかがえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む