占見村(読み)うらみむら

日本歴史地名大系 「占見村」の解説

占見村
うらみむら

[現在地名]金光町占見

遥照(ようしよう)山の南西方に位置。東は占見新田(うらみしんでん)村、西は地頭下(じとうしも)村、南は須恵(すえ)村、北は地頭上村の枝村益坂(ますざか)(現鴨方町)。鴨方(かもがた)往来が通る。「和名抄」浅口郡占見郷の遺称地。応永元年(一三九四)仮託の吉備津宮惣解文写(吉備津神社文書)では占見郷から塩一一〇石が佐伯稲長によって奉納されており、製塩の地であったことがうかがわれる。吉備津神社の流鏑馬料足納帳によると、長禄二年(一四五八)分として「うらみ」から六貫文(ただし一貫文は地下得分)を納めている。

慶長一一年(一六〇六)の伊予今治藩藤堂高虎宛の徳川家康朱印状(高山公実録)に「浦見村」とみえ、高一千一四八石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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