印路村(読み)いんじむら

日本歴史地名大系 「印路村」の解説

印路村
いんじむら

[現在地名]西区平野町印路ひらのちよういんじ岩岡町印路いわおかちよういんじ

明石川中流の右岸から印南野いなみの台地に広がる村で、南はなか村、東対岸はしも村。慶長国絵図に「いん地村」とある。正保郷帳に村名がみえ、田方二三三石余・畑方二〇石余、松山あり。明石藩領押部組に所属。「明石記」によると東西一六〇間・南北二五間。郷蔵・池六・用水井三・小藪一三・自分山一五・自分山松林・御松山・御立山、川除堤七・橋三など。明石郡三十三所巡礼第一三番札所の観音堂と薬師堂、太神宮・大歳・若宮・乳女即神、長福ちようふく(現臨済宗妙心寺派)正覚しようがく(現浄土真宗本願寺派)がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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