厚川村(読み)あつがわむら

日本歴史地名大系 「厚川村」の解説

厚川村
あつがわむら

[現在地名]坂戸市厚川・萱方(かやがた)・鶴舞(つるまい)三―四丁目

上浅羽(かみあさば)村の西、北東流する高麗(こま)川両岸にある。北は成願寺(じようがんじ)村、南東は高麗郡下(しも)新田村(現鶴ヶ島市)。現栃木県日光市輪王(りんのう)寺蔵の応永三年(一三九六)一〇月一八日に頓写された大般若経巻二四二の奥書に「武州入西郡於厚河坂下奉書之畢」とある。同一七年五月三日には浅羽浄願(じようがん)寺(現成願寺)の塔頭曇華(どんげ)庵主の寄付の旨に任せ、厚河郷末松(すえまつ)名内の田二反・畠一所などが前安芸守貞春から鎌倉円覚寺塔頭伝宗(でんしゆう)庵に寄進された(「前安芸守貞春寄進状」黒田太久馬氏所蔵文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む