原保(読み)はらほ

日本歴史地名大系 「原保」の解説

原保
はらほ

和名抄三木みき幡羅はら郷の郷名を継ぐ。原を遺称地とし、一帯に比定される。承安五年(一一七五)五月の東大寺庄園文書注文(東大寺文書)に「一 讃岐国両保文書事」として「原保并金倉者、寺家御封便補保也、件庁宣并沙汰文書等、尤可被進納之」とあり、那珂なか金倉かなくら(現丸亀市)とともに天平勝宝四年(七五二)奈良東大寺に寄せられた封戸のうち讃岐国三郷の分合せて一五〇戸を便補することにより成立した保である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む