原飯田村(読み)はらいいだむら

日本歴史地名大系 「原飯田村」の解説

原飯田村
はらいいだむら

[現在地名]東広島市八本松(はちほんまつ)町飯田(いいだ)

飯田村の中央部に南から楔形に食込む村で、飯田村と南の原(はら)村の中間に位置する。原村との間には比高五〇メートルほどの丘陵がある。慶長五年(一六〇〇)一二月二日付厳島社引声油料栃木坊拘分付立(野坂文書)に飯田内と記されている光安(みつやす)は当村の小字であるから、中世以前は飯田村に含まれたと思われる。元和五年(一六一九)の安芸国知行帳には原飯田村とあるから、おそらく慶長六年の福島正則入部後に飯田村から分離されたのであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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