友坂村(読み)ともさかむら

日本歴史地名大系 「友坂村」の解説

友坂村
ともさかむら

[現在地名]婦中町友坂

井田(いだ)川中流左岸と呉羽山(くれはやま)丘陵東斜面の間に位置し、南東は下条(げじよう)村、西は境野新(さかいのしん)村(現富山市)。富崎(とみさき)村本覚(ほんがく)寺の記録によると、文武天皇の頃この地に真言宗大徳山友坂寺があったが、江戸時代初期に真宗永源(えいげん)寺と改称したので、もとの寺名を村名としたという(婦負郡志)。寛永一五年(一六三八)の牛ヶ首用水申付書(牛ヶ首用水土地改良区蔵文書)に当村の三郎右衛門が署名している。正保郷帳では高一千一四五石余、田方六八町八反余・畑方七町五反。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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