古吹ヶ城跡(読み)こぶきがじようあと

日本歴史地名大系 「古吹ヶ城跡」の解説

古吹ヶ城跡
こぶきがじようあと

[現在地名]向原町有留

保垣ほがきとの境近くにあり、毛利氏の庶流有富氏の居城。「高田郡中聞書」に「高さ五町程、横二町半、平壇六、有富越後直衡の所居」とある。

毛利時親の孫親衡は、応安六年(一三七三)一一月一六日、吉田よしだ庄のうち麻原おばら郷地頭職を三男直元に譲った(毛利家文書)。直元は初め直広とも直衡ともいい越後守を称した。当時親衡の嫡子元春(師親)は曾祖父時親とともに北朝方に付き、親衡は父貞親とともに南朝方で、一家は両派に分れて争った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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