日本歴史地名大系 「有留村」の解説
有留村
ありどめむら
[現在地名]向原町有留、広島市安佐北区白木 町有留
古くは有富・在富とも記され、正平一五年(一三六〇)一一月三〇日付の毛利親衡譲状写(毛利家文書)には「あきのくに吉田庄としまの郷之内ありとミの村」とあり、この時この地の地頭職が毛利親衡から女房に「一期ハまこ
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
古くは有富・在富とも記され、正平一五年(一三六〇)一一月三〇日付の毛利親衡譲状写(毛利家文書)には「あきのくに吉田庄としまの郷之内ありとミの村」とあり、この時この地の地頭職が毛利親衡から女房に「一期ハまこ
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