吉備海部難波(読み)きびのあまの なにわ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「吉備海部難波」の解説

吉備海部難波 きびのあまの-なにわ

?-? 6世紀後半の高句麗(こうくり)への使者
敏達(びだつ)天皇2年(573)漂着した高句麗使の送還のため派遣される。波浪をおそれ,使者ふたりを海になげいれて帰国,鯨(くじら)に船と櫂(かい)をくわれて航行できなくなったと報告した。翌年来日した高句麗使が前年の使者の帰還していない理由をただしたので,悪事が露見,処罰された。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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