吉志部神社(読み)きしべじんじや

日本歴史地名大系 「吉志部神社」の解説

吉志部神社
きしべじんじや

[現在地名]吹田市岸部北四丁目

紫金しきん山の南斜面にあり、当社とその参道はほぼ吉志部地域の中央を南北に走る条里線上にある(→吹田市。天照皇大神など七神を祭神とし、近世には七社明神ともよばれた(摂津志)。旧村社。創祀について確かなことは不明だが、社伝では崇神天皇の時代大和より奉遷して大神宮と称し、天長八年(八三一)天照御神と改称したという(大阪府全志)。なお「新撰姓氏録」(摂津国皇別)みえる吉志氏は吉志部を本貫とした氏族と考えられており、当社と吉志氏の関係が指摘されるがつまびらかでない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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