〈氏族〉という日本語の多くは英語にいう〈クランclan〉に相当する用語として用いられているが,以下に述べるように英語圏にあっても類義語が数多くあり,clanだけが特徴的な社会組織を示す用語として用いられてきたわけではない。clanとは元来ゲール語のclannに由来する言葉であり,原意としてはスコットランド高地の人々がいうところの,〈世帯を単位とした非外婚的な双系出自集団〉を意味するものであった。しかし今日これを学術用語として用いる場合,原意とは異なり以下のような一連の特徴をもった社会集団とすることが常である。
第1に〈氏族〉は,神話・伝説上仮定された始祖からたどられる,共通の出自によって組織された集団である,とされる。共通の出自をたどるとはいっても,実際に明確に認識された系譜関係をたどることはできず,なんらかの言い伝えや象徴にもとづいて,相互に同一の成員であることを意識している人々の集団である。したがってなんらかの成員意識があるかぎり,たとえば伝統的中国社会のように,同一の姓にもとづいて数千万の成員をかかえる氏族を構成することも可能である。このような性格をもつ〈氏族〉は,実際に系譜関係がたどれる集団であるところの〈リネージlineage〉とは区別して考えるのが通例である。
第2に〈氏族〉は,父または母を通じて出自をたどる〈単系的〉な出自集団である,とされる。〈氏族〉とは何かが定義されて以来,氏族の単系性をめぐってさまざまな用語や概念がこれまで提唱されてきた。アメリカ・インディアン社会に特徴的であるとされた母系氏族と,古代ギリシア・ローマ社会に典型的であるとされた父系氏族の両者の社会組織上の違いと,前者から後者への社会進化を明確に規定する意味で,前者を〈クラン〉とし,後者を〈ゲンスgens〉と定義づけたL.H.モーガンやJ.W.パウエルらの進化主義による長い伝統もあって,ことにアメリカでは両語を区別して用いることが常であった。しかしのちになるとイギリスで,〈クラン〉の語源となったスコットランド人の氏族が,単系出自集団でも外婚集団でもないことに発し,新しく〈セプトsept〉という用語がW.H.R.リバーズによって唱えられるようになる。またアメリカでもR.H.ローウィによって,用語・概念の混乱をさけるべく,母系氏族・父系氏族を総称して〈シブsib〉という用語を用いるよう提案がなされ,さらにローウィの提案をうけて,〈シブ〉や〈リネージ〉は単系出自集団であるが,〈クラン〉は配偶者を含む単系出自にもとづく集団で,かつまた地域的制約のある居住集団に対してあてるべきだ,というG.P.マードックの提案も登場した。しかし今日では,用語としては〈クラン〉が代表的であり,概念としては単系出自集団と規定する学者が少なくない。
第3に〈氏族〉は,外婚制(族外婚規制)をとる単位であるとされる。外婚制をともなう氏族は世界にひろいが,しかし外婚制をともなわない氏族もまた,世界各地に知られている。たとえばポリネシアのティコピア島社会におけるカイナンガは外婚集団ではないし,沖縄社会における門中も外婚単位ではない。そのほか類例がアラブの諸族にもみとめられている。
第4に〈氏族〉は,集団の統一が氏族名称,氏族のシンボル,その他の標章をもって表され,また氏族を構成するリネージでなされる儀礼をもって表現される単位である,とされる。氏族のすべてではないが,氏族のシンボルを,トーテムによって表そうとする例はなかでも有名である。このような氏族は,とくに〈トーテム氏族totemic clan〉と称される。アメリカ,オーストラリア,メラネシア,ポリネシア,アフリカなどにみられるが,とくにアボリジニーのあいだでは,トーテミズムは重要な意味をもっている。氏族はトーテムとされる動植物・自然現象と特定の関係をもっており,トーテムに対する豊饒儀礼を行ったり,トーテム種を食べないことによって尊敬の念を表したりする行為がともなっている。またトーテム信仰をともなわないまでも,動植物名をもって氏族名称を表す例はかなりみうけられる。そのほか氏族が姓を共有したり,シンボルを共有したりする例も少なくない。
氏族はまた,単一の人格をもつかのような結束した団体を構成するいくつかのリネージからなるものもあり,平等対等な組織構成によって軍事的,宗教的,経済的機能を分有したり,あるいは氏族内部のリネージに格づけを与え,階層的上下秩序のもとに統制したうえで,それら諸機能を分有したり,権限を配分したりする例もある。
最後に,かつて問題とされてきたように,〈氏族〉が地域的制約をともなった居住集団として規定されるか否かについての問題があるが,この問題に関して今日では,あまり厳密に規定を設けようとはしない傾向になっている。たとえば北アメリカのホピ・インディアン社会には,婚入した夫を母系リネージに加え,婚出した兄弟を除外した〈世帯〉を単位とする社会集団の例がある。このような例はマードックにしたがえば〈クラン〉であって〈シブ〉ではないということになる。しかしマードックでさえもしばしばこの種の地域化した氏族を〈localized clan〉などと称しており,氏族の概念を地域的制約の有無によって一貫して類別しているわけではない。したがって氏族を地域的制約の有無によって類別することは,学者の定義もあいまいであり,氏族の基本的特徴を構成する要素ともいえず,今日一般的支持も得ていない。したがって氏族は原則のうえで地域を超えて広がる社会集団と規定され,地域的制約のある社会集団に対しては,〈地域氏族〉とか〈地域化された氏族〉などと表現されるのが通例である。
→氏族制度 →出自 →親族 →リネージ
執筆者:渡辺 欣雄
日本中世の族縁呼称の一つであるが,史料の上では,一族,一家,一流などと混用されている場合が多く,はっきりした区別はまだつけられていない。しかし,一族,一家という族縁呼称がある一定の所領を共同知行し,その土地の地名をもってみずからの〈名字〉としている〈名字族〉という性格をもつのに対して,これら名字族がもとをただせば,藤原氏あるいは橘氏,大伴氏であるなどといわれる場合の側面を表現したものこそ,この氏族という呼称の本来のあり方だと考えるべきである。中世の土地売券や処分状,譲状における人々の署名部分を調べてみると,大きく分けて,そのような二つの族縁呼称が混在していることが確認されるが,しかし見落としてならないことは,少なくとも南北朝時代以前にあっては,この二つの族縁呼称の中で,氏族系統をひく族縁呼称が圧倒的に大きな比重を占めていたということである。このことはもちろん,同じく中世のうちにあっても,南北朝時代以前の社会が,まだまだ古代以来のさまざまな諸関係を完全には拭いきれていない過渡的な段階であることを示す。中世社会のどのようなところに古代的関係が残存していたかを知るための大きな手がかりは,そのころの女性がほとんど個人名を名のらず,〈氏女(うじのによ)〉としてのみ史料上にあらわれてくることである。これは,かの名字族の形成とともに,男性たちが古代からの独立をとげた後においても,女性たちのまわりには,古代以来の伝統がその後も長く生きつづけていたことを示すものであろう。
このようにみれば,日本の中世前期といわれる平安末~鎌倉時代の社会は,一族,一家という名字族に象徴された新しい世界と,氏族に象徴される古代以来の世界とが共存しあう複合的な段階としてあったとみることができる。また,前者が,新しい農業技術を身につけて農業経営を推し進めていく男性たちの世界といえるのに対し,後者は,それを霊的,シャーマン的機能によって護持しようとする女性たちの世界であったとみることもできる。平安・鎌倉時代には,後世と違って,女性の社会的地位は高かったといわれるが,それはこうした氏族的関係の残存の問題とおそらく関係あることと考えられる。なお,この問題と関連して,近年の学界では,南北朝時代以前の社会の底辺に流れる古代以来の民族的諸問題をさして,一括して氏族的関係の遺制と称する言い方が,盛んになってきた。中世以前の家族形態と関係ある招婿婚的な婚姻形態,山人・海人など農業以外に生業をもつ人々の自由な活動,儒教的封建道徳にまだ侵されきっていない土俗的な人々の思想傾向,こうしたものを,すべて〈氏族〉的慣行の遺風として把握しようとするのである。しかし,それが,中世前期社会を全体としてどう特色づける役割を果たしたかについては,なおはっきりとした定説を得るにいたっていない。
→氏
執筆者:鈴木 国弘
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
単系出自集団unilineal descent groupの一つ。単系出自集団とは、特定の祖先から、男性または女性のみを通じて親子関係がたどれる子孫たちのつくる集団である。父系出自集団は特定の男性祖先から男のみを通じて出自がたどれる子孫、母系出自集団は逆に、特定の女性祖先から女性のみを通じて出自がたどれる子孫からなる。このような集団のうち、成員が互いの、あるいは共通祖先との系譜関係をはっきり知っているような集団はリネージとよばれるが、これに対し、伝説上の、あるいは神話上の共通祖先をもっているという信仰のみで、その共通祖先との、あるいは成員相互の系譜的関係がはっきりとはたどれないような集団を氏族またはクランとよんで、リネージと区別するのが普通である。
氏族は固有の名称をもち、しばしば特定のトーテムとも結び付いた集団で、父系の場合、子供たちは父親の氏族に所属し、氏族の成員権は、息子からまたその子供たちへと継承されていく。母系の場合、子供は母の氏族に属し、成員権は娘の子供たちへと継承される。しばしば氏族は、その内部に亜氏族やリネージなどの内部区分をもつ包括的集団となっているが、このような内部区分をもたない氏族もある。また氏族が胞族phratryや半族moietyなど、より高次の単位に組織されていることもある。
同じ氏族の男女の結婚を禁ずる外婚規制が広くみられ、同じ氏族の成員は、互いの系譜関係がたどれぬ場合でも、互いを血縁者とみなしている。氏族は共有財産をもったり、特定の領土単位と結び付き、比較的地理的なまとまりを示すこともあるが、多くの場合、広い地域に分散して全体としては地理的まとまりをもっていない。このような場合にも、成員相互には、もてなしや援助、互いを親族名称で呼び合うなどの形で、一種の連帯感が伴うことが多い。
[濱本 満]
字通「氏」の項目を見る。
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共通の祖先から由来しているか,またはそのように,その内部で考えられている人々の集団。父方の系統をたどるのを父系氏族,母方の系統をたどるのを母系氏族という。一つの氏族は若干の家族集団を含んでいる。大部分の氏族は外婚制をとり,同一氏族内の婚姻は近親相姦とみなす。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…なお古ゲルマン人のものの考え方や社会のあり方を推測する史料として北欧の〈エッダ〉や〈サガ〉,あるいはイングランドの《ベーオウルフ》などが挙げられるが,これらはいずれも後世の文学作品であるため,あくまで副次的なものとして援用されるべきである。 さてカエサル,タキトゥスなどの記述からうかがいうる当時のゲルマン社会は,原始未開の氏族社会でもなければ,遊牧民の共産社会でもなかった。それはすでに長い前史をもつ定着的な農耕と牧畜を主業とする社会であり,地理的な事情もあって北東部諸族の間では,南西部におけるよりも牧畜が重視されていた。…
…ここに氏族制度というのは,家族よりも大きく,部族よりも小さい氏族とよばれる血縁的な集団が,多かれ少なかれ独立した経済的・社会的・政治的単位としての機能をいとなんでいる社会すなわち氏族社会の制度をさす。記録された歴史のはじまる古代国家形成のころには,すでに封鎖的・自給的な村落経済は交易経済に変わり,民主的な共同体は階級的な権力による支配のために再編成されつつあったことが,遺跡や文献の上からうかがわれるが,その以前の社会は一般にここにいう氏族を中心とする体制の上に立つものであったという推定が,多くの学者によってなされてきた。…
…狭義の親族概念に姻族を含めるか否かという問題は,もはや古典的議論に属するが,概念の適用にあたっては今日でも一致をみないし,また親族と出自とを体系のうえで区別して考えるのか,それとも双方の概念は論理的な因果関係にあるのかについても,定義上の不一致はいまだにある。さらに広義の親族概念にいたっては,リネージや氏族その他の社会集団に対しても拡大して用いられ,他方,親族関係は財産関係,政治関係,儀礼的関係などとも同一視されてきた。親族概念を生んだ西欧社会とは異なり,多くの非西欧社会においては,親族の社会関係と認められるような関係もけっして親族固有の関係とはいえず,各社会がもっている固有の民俗概念のなかでそれぞれの社会関係が形成されており,それを親族関係として翻訳し分析することは,西欧社会の概念を押しつけることにもなり,誤解の生ずる危険が大いにありうることになる。…
…この遊牧集団を構成した家族の数は必ずしも一定せず,数家族の場合もあれば,50家族にものぼる場合もある。この遊牧生活の最も基本的な単位を,一応,氏族と呼ぶことができる。このような氏族が他のいくつかの氏族と連合して,さらに大きな遊牧集団を形成した場合,これを部族と呼ぶ。…
…これらの集団,またはその構成する界は,この時代なお流動的であり,かつ集団がいくつもの界に属するようなゆるやかなものであったが,これらはしだいに純化,統合,固定化の方向にすすみ,その過程で身分の枠組みを形成していったのである。
【寺院集団】
中世前期社会においては,鎌倉幕府の主従の基礎が惣領制であったことからもうかがわれるように,なお氏族的・族団的性格を色濃くのこす集団が支配的であったが,この状況のなかから族的結合の紐をすでに断ち切った集団を形成し,そこに仏法興隆を目的とした独自の世界を営んでいたのは仏教寺院の集団であった。 古代律令国家の寺院統制の弛緩,寺社勢力の強大化などの条件のなかで,自律的・自治的集団としての中世寺院が成立した。…
…しかし〈ラメージ〉は,父方・母方のいずれの系譜をもたどりうる選択的な出自にもとづいた出自集団であるという点で,単系出自集団であるとされるリネージとは,組織内容がことなっている。またリネージは,実際の系譜関係にもとづいた出自を共有するという点で,出自を共有するとはいっても実際に系譜関係をたどることができない,仮定された神話的・伝説的な祖先のもとに集団ないしはカテゴリーを形成している〈氏族〉とは対比されるのが通例である。氏族出自親族【渡辺 欣雄】。…
※「氏族」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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