日本歴史地名大系 「吉野辺村」の解説 吉野辺村よしのべむら 福島県:田村郡小野町吉野辺村[現在地名]小野町吉野辺飯豊(いいとよ)村の北東の山間地に立地。右支夏井(うしなつい)川支流の吉野辺川が南流する。磐城街道が小野新町(おのにいまち)村から北境の風越(かざこし)峠越で栗出(くりで)村(現大越町)に至る(昭和五八年風越トンネル開通)。もと飯豊村の枝郷として開発された村という(年未詳「小野六郷本村枝郷書上」小野町史)。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録に吉野辺とみえ、高四七二石余、田丸氏の知行地。寛永四年(一六二七)会津藩領から白河藩領となり、寛保元年(一七四一)越後高田藩領、文政三年(一八二〇)から幕府領。元禄期(一六八八―一七〇四)の白河藩領高付帳(小針家文書)では本田高四七二石余・改出高一〇一石余・新田高三一石余。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by